WASTE STYLE-選ばれなかった未来学派-
・「WASTE STYLE」とはどのようなスタイルであるか
現在わたしたちが暮らすこの世界は数々の”選択”の上に成り立っている。それは技術的な発明 や経済的な要因、政治的な決断による選択であったかもしれないが、この日常の生活を獲得して きた過程において多くの選択が為されてきたのである。 そしてそこには当然ながら選択されずに捨て置かれてきたモノたちが選択の数だけ存在してきた。 「WASTE STYLE」とはつまりその数多の選択の上で選ばれることの無かったモノたちに寄り添い、 あえてそのモノたちの失われた未来への可能性を探求してゆくことで現在(いま)という選択され続 けてきた側であるこの現代社会にまったく新しいヴィジョンを提示してみせようという宣言なのだ。

私達の現在(いま)を取り巻く環境は万全でもなければ最良でもない。時代の流れに呑まれて意 思なく選択せざるを得なかった決定もいくつもあるだろう。 そのことで失われてしまった技術や感性、カルチャーも数多くあったに違いない。そして今やそれ を思い出すことも、そこにどういう感性が宿っていたかを想像することも不可能になってしまってい るかもしれない。
そうしたモノ達に思いを馳せ、そうした感性をもう一度いまの時代に取り戻す為には今一度自ら の体験でそれらの感覚を獲得するほか方法は無いのである。 その技術が無ければ研鑽していくし、その方法論が失われていれば研究をして発見していく。 我々はその行為に対してあえて臨んで選択していくことを厭わない。それが社会にとって選ばれ なかった側の、捨て置かれてきた側の行為であろうとも。

今展覧会ではこの「WASTE STYLE」の理念を元にどういう姿勢で臨むべきか?どのような制作 を実行できるのか?岡野智史と野村康生が画家としての立脚点から考えてみた結果の発表であ
る。

「光らない TV 問題」では現代社会で生きる、とりわけ日本という土壌で生きている上での様々な 感性に対すラウン管 TV というこの時代の変化を語るに最もふさわしい素材をモチーフ に研究し、そこから新たな地平を見出すことを目指して制作。

「モアレ宇宙予想」ではモアレという視覚現象に対する小さな興味をまず全面的に肯定し、その 先に見えてくるであろう可能性の芽を否定しない。という WASTE STYLE としての姿勢を自らの制 作を通じて具現化することを目的とした。

「自分史世界史問題」ではまさに自分の生きてきた人生においての選択と失われた未来に対し て再考し、まずはそのルーツを探ること。そしてそこから社会との関係性や純粋な創作行為がどこ の時点から ART となり社会性を持つのかを意識的に表出させることを試みた。

各セクションには作品とともにその製作過程のアーカイブスや考察レポートも展示しているので そちらもぜひお手にとってご覧いただきたい。